「追いかけよう 夢を」 №441

「追いかけよう 夢を」
平成29年7月18日

 永六輔さんが亡くなって一年になりました。平和の大切さを語り続けて下さる方が少なくなる一方、日本は今明らかに平和とは反対の方向に向かっているとしか思えません。この二三年のうちに成立した秘密保護法、マイナンバー法、安保法、そして先月末、強行採決された共謀罪法は平和な社会とは相容れないものばかりです。

 永さんには「テロだ!と騒ぐことがテロの二次目的だということも忘れないで!」という言葉がありますが、まさにこれは共謀罪法のことではないでしょうか。テロの根源を探らず現象の対応に躍起になってももぐらたたきにしかなりません。同時にそれは健全な市民社会を委縮させることになってしまうのです。

 世界は今確かに平和の危機にあると思います。一向に終わらぬシリアの内戦、思いもしなかったISの出現と世界各地で繰り返される自爆テロ、北朝鮮の核開発。世界の平和を乱すこれらのはざ間にあっていとけない命が奪われています。戦火の恐怖に怯える子どもを必死に抱きかかえるお母さんがいます。

 こんな状況であるからこそ私たちはいま思いを新たに平和を希求しなければならないと思います。何度も申し上げていることですが、平和は誰かが与えてくれるものではありません。自らが望み勝ち取るしかないのです。世界の一人ひとりが平和を望み平和を祈らなければ世界の平和は実現しないのです。

 私はいま日本が世界の先頭に立って世界平和の実現に努力すべきだと思います。私たち一人ひとりが強い決意をもって平和を望むべきだと思います。永さんたち、平和の貴さを語り続けて下さった方々の思いと遺志を受け継いで幼い子や孫のために、そして、世界平和の達成のために努めなければなりません。

 当観音寺は永さんの思いを受け継ぎたいとこの一年、永さんの「見上げてごらん夜の星を」を平和を祈る歌として歌って参りました。その歌の詞のように名もない小さな星である私たち一人ひとりが平和を祈る大切さを思ってきました。どうぞみなさん、これからも平和を祈る歌、「見上げてごらん夜の星を」を歌って下さい。

        手をつなごう ボクと
        追いかけよう 夢を
        二人なら 苦しくなんかないさ

一生勉強一生青春 №440

一生勉強一生青春
平成29年7月17日

 このたよりのネコちゃんの言葉に時折相田みつをさんの言葉が出て来ますね。平成3年、相田さんが67歳で亡くなってもう26年になります。しかし、相田さんが残された言葉とその書は今なお私たちの心の支えとして生き続けています。いや今の時代だからこそ一層、相田さんの言葉と書は私たちの胸に沁みてくるのではないでしょうか。

 先日、みつをさんのご長男、相田一人(かずひと)(相田みつを美術館長)さんの表題のご講演を聴く機会がありました。そのご講演で書物では知ることのなかったみつをさんの若い頃の体験を伺って、改めてみつをさんの言葉と書が生まれた原点を知る思いがしました。一人さんはみつをさんの言葉と書はご自身の体験から生まれたと言われるのです。

 その体験の第一は足利中学4年生の時、軍事教練の教官にいじめを受けたばかりか、その教官に喫煙という無実の罪を着せられて進学の夢を閉ざされたこと。第二は23歳の時、勤めていた生協の帳簿付けをしていて発見した使途不明金を追及したためにやくざに襲われ、以後数年入退院を繰り返すほどの重傷を負わされたこと、と言います。

 そして、さらに生涯思い続けたのが二人の兄の戦死だと言います。みつをさんには武雄、幸夫という二人の兄がいて、二人とも極めて学業優秀だったそうですが、家が貧しくて進学できず、家業の刺繍職人になった二人がみつをさんを中学に進ませてくれたのだそうです。その二人の兄は昭和16年、18年に戦死したと言います。

 受難とも言うべき自身の青春時代。そして、あんちゃんと呼んだ二人の兄の戦死がみつをさんには生涯の悲しみと苦しみだったのでありましょう。だからこそみつをさんの言葉が生まれ、その言葉を伝えるみつをさんの書が生まれたのでありましょう。改めてそのことを知って私は粛然たる思いを禁じ得ませんでした。

 みつをさんはご自分を書家とも詩人とも名乗ったことはないと言います。一人さんのお話を伺ってこう思いました。みつをさんは書を人生にしたのでもなく詩を人生にしたのでもない。自らの人生を人生にしたのだと。その人生の手段が詩であり書であったのだと。そして二人の兄を忘れることのなかった生涯。瞑目です。


    どんな 理屈をつけても 
    戦争は いやだな
    肉身二人 
     わたしは 戦争で失って いるから
               ~みつを~

「臥禅」のすすめ №439

「臥禅」のすすめ
平成29年7月10日

 夜中に目が覚めて眠れなくなってしまった時、皆さんどうされてますか。大方はそのまま目を閉じて再び眠るのを待つのでしょうが、眠ろうとすると益々目が冴えて時間ばかりが経っていくということもありますね。こんな時のために、これはどうかと思ったことがあります。それが坐禅ならぬ「臥禅」なんです。

 臥禅は眠れない時に限るものではありません。寝る前にするのもいいと思います。体位は自由。文字通り横になったまま禅をしてみようという訳です。することはまず呼吸を調えること。そしてもう一つは心を調えること。目が冴えて眠れないならば、それを逆手に臥禅をするのも面白いではないかと思ったのです。

 ご存知のように坐禅の基本は「調身、調息、調心」です。まず結跏趺坐なり半跏趺坐なりで姿勢をきちんとするのが調身。次に腹式呼吸で息を調えるのが調息。そしてさらには浮かんでくる妄想に捉われず関わらないこと。それが調心ですね。坐禅はこの三つをしっかり保って坐禅ということができます。

 私が申し上げる「臥禅」は調身がありません。でも、調息と調心が可能ですから意義はあると思うのです。分けて私は調息に意味があると思います。調息は(かん)()一息(いっそく)(お腹の空気を吐き出すこと)の後、腹式呼吸をするのですが、私はこの腹式呼吸を意識的に続けることに坐禅の意味があると思うのです。

 おすすめしたいのは吸う息と吐く息を12にすること、吸気3秒なら呼気6秒、吸気4秒なら呼気8秒として呼気に意識します。呼気と吸気は自分が無理なくできる秒数にします。慣れないうちは呼気を数えても構いません。36秒なら呼吸10回が1分半になりますね。別に時間を測る必要はありませんが感覚を掴むことにはなります。

 調心、心を調えるためのよい方法は耳を澄ますことです。耳を澄ましていると余計なことを考えなくなります。こうして息を調え心を調えていると、いつの間にかまた眠りに落ちてしまうかも知れません。でもそうなったときはきっと眠りの中でも臥禅が続いていることでしょう。いつでもどこでも、それが坐禅と思います。


      食う寝る坐る息をする 
        一挙一動 これ坐禅なり

自分らしく生きるとは №438

自分らしく生きるとは
平成29年7月1日
 
 先日(625日)、海原純子さんの講演を聴く機会がありました。海原さんと言えば心療内科医として、またエッセイストとしてご活躍の一方、歌手活動もされているそうですからご存知の方が多いと思います。先日の講演会も500名入る会場が満杯という状況にその知名度の高さ、集客力(?)の強さにまずびっくりでした。
 
 次いでながら拝見したところ、聴衆の多くが6,70歳代の女性と見受けられました。もちろん男性もいましたが夫婦連れが多かったのは奥さんのお伴ということだったでしょうか。演題は「瞳が輝く処方箋・自分らしく生きてますか」でしたが、逆に言えば、6,70代の女性の多くが自分の生き方に強い関心を持っていると言うことでしょう。

 お話の主眼はストレスの予防でした。年齢より若く見られる人。逆に年齢より老けて見られる人の違いは、喫煙・飲酒の有無、運動、食事、睡眠などの生活習慣に加えてストレスを上手に乗り切っているかどうか、がその人の健康貯金・美容貯金の差になると言われるのです。ストレスを貯めこむことが健康や美容に影響するというのは頷けますね。

 海原さんが「体は嘘をつかない、体をバカにしない」という観点で言われた提案の一つが「口角を上げる」ことでした。笑みをつくる、笑うことですね。口角をあげて漫画を読むと面白いと言われるのです。これって寺でいつもして頂いている「笑いヨガ」ですよね。笑うことはストレスの予防になるから免疫細胞が活性化するんですね。

 続いて言われたのは、やめてほしい言葉でした。それは「どーせ」「私なんか」「だって」の三つ。これって諦め、卑下、弁解ですね。そうか、と思いました。諦めと卑下と言い訳の繰り返しからは希望も勇気も生まれませんね。否定的な言葉を口にすることは否定的な状況をつくり出すことにしかならないのでしょう。

 海原さんがもう一つ言われたことは「自分の才能を見つける」ことでした。この場合の才能とは「努力することが嫌でないこと」だそうです。40歳になったら自分が思っていてできなかったこと、しなかったことに再挑戦して下さいと言われるのです。おっしゃる通り人生の秘密はそこにあるのかも知れません。




「笑う門には福来たる」