失敗と挫折を! №478

失敗と挫折を!
平成30年3月25日


 3月も末近く高校3年生、大学4年生だった皆さんはもう卒業式も済んで新たなる進学や就職に胸を膨らませておいでのことでしょう。卒業とは次の始業の始まりですし、馴れ親しんだ友人との別れはこれからの新しい出会いの始まりです。人生は終わりのない旅ですが、卒業という一つの区切りの時には誰しも感慨ひとしおでありましょう。

 毎年この時期、そんな若い方々に何かはなむけの言葉をと考えてきましたが、今年は敢えて表題の「失敗と挫折」をお願いしたいという気になりました。これから新しい学校や会社に行こうとする方々に失敗と挫折を進めるなんてとお思いの方もおいででしょう。不謹慎とさえ言われかねません。だからこそ敢えてなのです。

 私が養護学校教員になって間もなく昭和54年に大ヒットした曲に「贈る言葉」がありました。ご存知海援隊、武田鉄矢さんの歌です。その頃、この歌は中学校や高校の卒業式でよく歌われました。あの歌詞と曲に当時の若者の気持ちを掴んで離さない力があったに違いありません。歌に共感共鳴するところが大きかったのだと思います。

 歌詞1番に「悲しみこらえて 微笑むよりも 涙かれるまで 泣く方がいい 人は悲しみが 多いほど 人には優しく できるのだから…」という言葉がありますね。私が共感したのもその言葉でした。悲しみを体験し悲しみを知っている人こそが悲しむ人を慰めることが出来るというのが真実だと思うのです。

 では自分に悲しみが多いとはどういうことでしょうか。私はそれは失敗と挫折体験を持っているかどうかだと思います。恋であれ仕事であれ、思い願いに果敢にチャレンジしてうまくいくならよし、でももっと大切なことは失敗し挫折して悲しみ苦しみを味わうことではないでしょうか。それが人の悲しみ苦しみを知ることになるのです。

 人は一人では生きていくことが出来ません。助け助けられして生きていくのが人間です。その時相手の心を思いやることが出来るかどうか。その思い遣りは自らの体験があるかないかで決まります。若い皆さん、どうぞ失敗と挫折を体験して下さい。それは結局人のためではありません。あなた自身のためなのです。
 

  信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて
  傷つくほうがいい・・・
         ~贈る言葉歌詞2番~



続「あぶらんけんそわか~」 №477

続「あぶらんけんそわか~」
平成30年3月17日


 このたよりを読んで下さっている神奈川のEさんが子どもの頃、新しい靴を下ろす時にお母さんが「あぶらんけんそわか~」とおまじないをしてくれたという話(№471「あぶらんけんそわか~」)をご紹介しましたね。Eさんにはそのお母さんが魔法使いのように思えたということでしたが、今日はその続きです。

 お母さんが魔法使いのように思えたということ、その後のお話を聴いて分かりました。ちゃんと理由がありました。そのお母さん、おまじないをする時、何故か台所のやかんの胴に両手で靴底を交互に当てながら「あぶらんけんそわか~」と唱えていたのだそうです。子どものEさんにはお母さんの不思議な行為がまさに魔法だったのでしょう。  

 実は今日、続きのお話をお伝えしたいと思ったのは、Eさんのその後の“実践”なのです。長じて結婚されたEさんはお子さんむろんご主人にも靴を下ろす時はお母さんがしてくれたおまじないをされたのだそうです。ご主人には「何してるの」と笑われたそうですが、Eさんは「自分がして貰った“慣習”をしないと居心地が悪くて…」だったそうです。

 私はこの「あぶらんけんそわか~」に学ぶ二つのことがあると思います。一つはこの前にも書きました。素朴な祈り、です。私たち人間は決して自分の力で生きているのではありません。宇宙を司る大いなる力によって生かされているのです。その大いなる存在に対して素直に祈るということ。生活を祈りにすることの大切です。

 そしてもう一つは、私たちは教えられたように生きるということ。逆に言えば教えられなかったことは生きることが出来ないということです。Eさんはお母さんに「あぶらんけんそわか~」を教えられたからそれを生きることが出来ました。これこそが私たちの人生なのです。皆さまが観音さまにお詣りして下さるのもどなたかに教えられたお蔭なのです。

 「あぶらんけんそわか~」を読んで下さった八王子のYさんが「元気に成長してほしい孫たちにも伝えたい気持ちでいっぱいです」とおたよりを下さいました。嬉しいです。素朴な祈りが親から子へ子から孫へと伝わっていくことこそが人生です。どうぞ皆さま、これからもお孫さんひ孫さん達に祈りの生活を伝えて下さい。
 

 桃子 お父ちゃんはね
 早く()くなってお前と遊びたいよ
           ~「春」八木重吉~