地震共存 №764

 地震共存

令和6年2月5日

 11日に起きた能登半島地震から1か月が経ちました。復旧復興は依然として進んではいません。被災者たちが雪の降る寒空の中電気も水道も使えず温かい食事を取ることもお風呂にも入れない苦しい生活を余儀なくされていることを思うと胸の痛みを覚えてなりません。

 今回の地震には幾つかの悪条件が重なったように思います。一つには半島であったこと、もう一つは冬さなかであったことです。海岸べりにつくられた道路が寸断されたために多くの集落が孤立状態になりました。また真冬であったために一次避難しながら病気の悪化や寒さのために亡くなる人も続出してしまいました。

 能登半島というところは地震の多いところです。2007H19)年には今回に匹敵するM6,9の地震が起きていますが死者が1人であったため行政が動くことはなく2020年になって群発地震が活発化してから動き出したものの時すでに遅く今回の地震になってしまったという憾みを拭い切れません。

 折りしも群馬県に住む中学時代の友人から、地震国日本では今後、北陸学院大学の田中教授が持論としているライフラインが復旧するまでの間、生活拠点を代えて避難生活する施策をシステム化するべきだと言うことが伝えられました。全くだと思いました。友人が言う通り、「地震疎開」をシステム化すべきだと思いました。

 この地震疎開は1市町村でできることではありません。近隣の市町村や各府県が協力して協定を結び万一の災害の時には災害を免れた市町村や県が準備しておいた避難生活所を迅速に提供できるように準備しておくことが必要になります。まず第一にはライフラインが確保されていなければなりません。


 そのためにはその場所を事前に確保し、必要が生じた時に即刻避難住宅がつくられるように資材の常時確保とライフラインの提供のための準備がされていなければなりません。日本はこれから先もどこかで地震、津波の災害を受ける国です。間違いなくその災害を受ける国です。国はもちろん各県、市町村がとるべき施策なのです。


自然災害と共存していくこと、

気象異変のこれからは大切なことです。

祈りということ №763

祈りということ

令和6年2月3日

 この地球上には多くの生き物が存在していますね。中にはコロナウイルスのように生物の範疇には入らないものもありますが、ともあれ生物はそれぞれ特有の不思議な力を持っています。分けて人間は「万物の霊長」と言われるほど霊妙不思議な力を持っていると言います。人知を超えた不思議な力を持っているというのです。

 私たち人間が人知でははかり知ることができない力を持っているというのは矛盾しているようにも思いますが、私は霊妙の「霊」にその意味が隠されていると思います。霊という字は「神秘的な力」を表わしていますが、一義的には「たましい」という意味を持っています。霊妙というのは魂の力を言っているのではないでしょうか。

 そう考えると霊妙というのは魂が持っている力、その端的なもの、すなわち祈りではないかと思うのです。前にも申し上げたことがあると思いますが、厳密に言えば祈願と祈祷とは違います。祈願は願いが主であり祈祷は祈りですが、いまではこのどちらも厳密に区別されることなく使われていることが多いように思います。

 前置きが長くなりましたが、私は人間は祈りの存在だと思っています。人間以外の動物たちも魂は持っていますが祈りはどうでしょうか。私は人間以外の動物は祈りは持っていないのではないかと思います。人間は世界の平和を祈りますが、イヌやネコはイヌ世界ネコ世界の平和を祈ることはないだろうと思うのです。

  太陽上東祈   太陽さん東に上がって下さい

  河川下海祈   川さん海に流れて下さい

  是自然摂理   祈りとは自然の摂理と

  祈宇宙同化   宇宙の真理に同化すること

 星祭は私たちの一年一年が自然の摂理に叶い宇宙の真理に同化しようとする祈りだと思います。私たちが生きること、生きていくことはその祈りの中になければなりません。太陽が毎朝東に上がり川のすべてが海に向かって流れるように自然の摂理に叶ったものでなければなりません。それこそが天命なのです。


皆さま、今年も星祭有難うございます。

どうぞ今年も元気にお過ごし下さい。