夢、沖縄独立 №542

夢、沖縄独立 
令和元年6月23日

 先日69日の毎日新聞に「民意は示された。辺野古新基地断念を!」と大書された意見広告がありました。賛同した18663人の名前が記されたこの意見広告をご覧になった方も多いと思いますが、国、現政権への国民の要望がこのような形でなされることに現政権と国民との乖離を覚えずにはいられません。

 広告は日米両政府に新基地中止、日米地位協定の見直し、基地縮小・撤去の交渉、を求め、普天間基地の無条件返還こそ解決策であること、ジュゴンのすむ海、軟弱地盤の上に基地をつくることは不可能であること、武力によらない平和を、という三点を挙げています。この三点に共感を覚える方も多いでありましょう。

 このうち、武力によらない平和、では「東アジアの平和のため日米安保条約はいりません」と言い、その代わりに「日米平和友好条約」を結ぶことを提案していますが、これは日本がこれから真剣に取り組むべきことと思われてなりません。世界には今なお軍備拡張をしている国がありますがそんな時にあって一層日本は武力によらない平和の先駆けになるべきなのです。

 この意見広告に政府は何を思い何をするでしょうか。私はこの意見広告の延長に沖縄独立を望んで止みません。かつて沖縄は琉球王国でした。しかし、小国の悲哀、17世紀初めには薩摩藩の琉球攻略があり、明治になって沖縄県設置(琉球処分)がなされ、太平洋戦争後昭和47年まではアメリカの統治下に置かれていました。

 沖縄の歴史は苦難の歴史と言ってよいと思います。小さな国であったがゆえに様々な困難と悲哀を受けざるを得ませんでした。しかし、古琉球と呼ばれる(1216世紀)時代には東アジアにおける中継貿易国家として繁栄し独自の琉球文化を作り上げたのでした。それはひとえに琉球王国が平和な国であったからでありましょう。

 これから先何年になるか分かりません。でも出来るならば戦後100年の2044年までには沖縄独立の意志が固まって欲しいと願って止みません。今日は沖縄慰霊の日。沖縄戦で無念の死を遂げた多くの若い人たちに報いるのは沖縄が独立して武力によらない平和の先頭に立ってくれることではないでしょうか。
 
 
 
人を呪わば穴二つ。
  戦争って結局それだね
 
 

人生の勝ち負け №541

人生の勝ち負け
令和元年6月20日

 1974(昭和49)年のことですからもう45年も前のことになりますが、さくらと一郎が歌った「昭和枯れすすき」を覚えていらっしゃいますか。あの時代、どうしてこの歌が作られたのか分かりませんが「貧しさに負けた いえ世間に負けた・・・」と物悲しく歌い出すメロディーをほろ苦く思い出される方もお出ででありましょう。

 いえのっけからどうしてこんな話かですが、皆さんは人生に勝ち負けはあると思いますか。上の歌の人生のように貧しさや世間に負けて終わるという人生があると思いますか。むろん一般的にはそれもありますよね。悪戦苦闘、奮闘努力してなお報われることなく終われば負けの人生ということになるのかも知れません。

 と考えると、人生には勝ち負けがあることになります。そうしたら先日の朝日新聞(6/1)、「折々のことば」に筑紫哲也さんの「ああおもしろかった、と臨終の際にどこまで言えるかが、限りある生の勝ち負けを決めるものさしだと私自身は思っている」という言葉が紹介されていました。筑紫さんは「敢えて勝ち負けを言うなら」と但し書きをつけてそう言われたそうです。

 恐らく筑紫さんも人生に勝ち負けがあるのかについては疑問だったのだろうと思います。だからこその但し書きだったのでしょう。でも仏さまの側から申し上げれば人生に勝ち負けはありません。世間的な勝ち負けは全く関係ありません。思い通りにいかず悩み苦しむのもその人の人生。仏さまから見ればそこに世間的な勝ち負けや優劣はありません。

 でも我々凡人、やはり人生に悩み苦しみは少ない方が有難いですし、嬉しいこと楽しいこと沢山を望むのが人情。その上で死ぬ間際、筑紫さん言われるように「ああおもしろかった」と言えたら嬉しいですよね。終わり良ければすべて良し、にする秘訣は何でしょうか。どうすれば「ああおもしろかった」と言えるでしょうか。

 人はみな中途半端に今生を終わります。たとえ人類に貢献をする偉業を成し遂げた人でさえ完全な人生完璧な生涯はないと思います。とすると、「ああおもしろかった」と思うにはその中途半端に終わる人生を一生懸命に過ごすしかありません。ただ誠実に明るく過ごすことが「おもしろかった」になるのでありましょう。
 
 力の限り生きたから 未練などないわ
花さえ咲かぬ 二人は枯れすすき
        <昭和枯れすすき>
 

 
 

「現代社会」考2 №540

「現代社会」考2
令和元年6月17日

 平成から令和になって1か月半経ちました。皆さまはこの1か月半をどんな気持ちでお過ごしだったでしょうか。平成天皇のご退位による今回の改元はその「奉祝」ムードが政治利用されたという感じが強いですね。元号を決める時から見え見えの政治利用に違和感を覚えた方も少なくなかったのではないでしょうか。       


 それはさておき、平成の30年を振り返って皆さんは何を思われますか。先の天皇陛下は「平成の時代、戦争がなかったことに安堵の思い」と言われました。しかしその一方、平成は東日本大震災を初めとする災害続発の時代でもありました。震災や豪雨災害で多くの命が失われました。そして同時に私たち国民の心の大切な部分が失われたのではないでしょうか。

 些か旧聞に属しますが先々月430日の朝日新聞に「思考停止 変える力を」と題する作家・高村薫さんの寄稿文がありました。高村さんは平成を振り返って「老いてゆく国家とはこういうものかも知れない。自民党の一党支配に逆戻りして久しい政治がそうであるように、この国にはもはや変化するエネルギーが残っていないのだ」と言われるのです。

 この言葉には思わずドッキリでしたが、同時に言われるように「スマホが出口が見えない社会でものを考える苦しさを忘れさせる強力な麻酔になっている」ならば「東北沿岸で18千人が津波にのまれても福島原発が全電源を失って爆発しても、日本社会の思考停止は基本的に変わることがなかった」という指摘こそ妥当と言うべきではないでしょうか。

 高村さんは上に述べた状況の結論として「何よりも変わる意思と力をもった新しい日本人が求められる。どんな困難が伴おうとも、役目を終えたシステムと組織をここで順次退場させなければこの国に新しい芽は吹かない。常識を打ち破る者、理想を追い求める者、未知の領域に突き進む者の行く手を阻んではならない」と述べられています。

 もう50年も前のことですが、医学部から始まった東大闘争の主役となった青年医師連合(青医連)の人たちの合言葉は「スクラップアンドビルド」でした。既存のものを打ち破ってそこに新しい世界をつくろうという思いです。髙村さんの思いにその言葉を思い出しました。いま日本が必要としているのはその精神ではないでしょうか。
 
 
 
    少年よ 大志を抱け
      
      ~ W,Sクラーク博士 ~
 
 

「現代社会」考 №539

 「現代社会」考
令和元年6月16日

 先月28日、川崎市でスクールバスに乗ろうとしていた小学生やその保護者らが包丁を持った男に切りつけられて2人が死亡、18人が重軽傷を負うという痛ましい事件がありました。亡くなった一人は小学六年の女子児童、もう一人はミャンマー語を専門とする外務省職員であったとのこと。二人のこれからを考えると無念の思いを禁じ得ません。

 事件を起こした52歳の男は引きこもりであったということですが、注意しなければならないことは引きこもりが直接原因ではないということです。精神障害者が事件を起こすと精神障害が事件を起こしたように言われることがありますが、それが間違った見方であると同様、引きこもりが直接原因と考えることは正しくはありません。

 ただ、川崎の事件の4日後、引きこもり気味の長男を持った父親がその息子を刃物で殺害するという事件が起きました。父親は長男も人に危害を加えるかも知れないと不安に思ったと供述していると言います。そこに川崎の事件の影響を思わない訳にはいきません。それほどにいま日本の現代社会において引きこもりが大きな問題になっているということでしょう。

 今年3月の内閣府の発表によれば、わが国には40歳以上の中高年の引きこもり者が推定613千人いると言います。この人たちが親を失った時生活はどうなりますか。皆さまもご存知と思いますが、引きこもり親子の年齢を表わす8050とか9060と言う数字は年齢だけに留まらない引きこもりの様々な問題を端的に示していると思います。

 この深刻な引きこもりについては国も何もしていない訳ではありません。厚生労働省は各都道府県と政令市におおむね1か所ずつ「引きこもり地域支援センター」を設置し、社会福祉士精神保健福祉士らが電話相談を受けたり訪問支援をしたりしていると言います。また各地にある家族会も同様の活動をしているそうです。

 上の活動は大切です。しかし、さらに大切なことは引きこもりを減らす、作らないことではないでしょうか。不登校、退職、人間関係での躓き、などがその大きな原因であるとすればそういう状況になった時それを乗り越えていく力を育む教育、状況を把握してやり直しを支援するシステムをつくることこそ大切ではないでしょうか。


つまづいたって いいじゃないか

にんげんだもの
         相田みつを