ビワの花 №31

平成21年12月18日

ビワの花


  今年もビワの花が咲きましたね。花と言うにはあまりに地味で咲いていることさえ見逃されがちなビワですが、花の香りはどんな花にも負けません。甘く清らかで近づかなければ嗅げないほどほのかな香りですがそこが一層奥ゆかしさを感じさせます。そのためもあるのでしょう。私はビワの花の香を嗅ぐと思い出すことがあります。
 
 もう十年近く前になるでしょうか。私はそのころ住んでいた小さな団地の委員会でNさんという女性と一緒になりました。ところが、そのNさんと私は生年月日が全く同じだったのです。私はその偶然にNさんに対して同級生のような親しみを覚えました。独身だったNさんはもうその時は仕事を辞めて自適の毎日。好きな絵を描くために絵画サークルに入って活動しているということでした。
 
 その年の秋、丁度今頃のことでした。私は町の文化祭に出されたNさんの絵を見ました。お皿に盛られたビワの絵でした。絵のビワは瑞々しさを湛えて思わず手を伸ばしたくなるほどよい作品でした。きっと次の作品にかける思いもあったのでしょう。感想を伝えるとNさんは素直に喜んでくれました。しかし、その翌年の春、私も仕事を辞めて師匠の寺に行くことになり、その後はNさんとは会うこともなくなったのでした。
 
 それから二年後のことです。私が永平寺の修行を終えて久しぶりに家に戻ったある日、私はNさんがすでに一年半以上も前に亡くなったことを知りました。聞けば私が師匠の寺に移って間もない時期でした。信じられぬ思いと同時にたとえようのない淋しさに襲われました。命のはかなさを痛感させられたことは言うまでもありません。
 
 Nさんはもっと絵を描きたかっただろうと思います。でも突然の死がいかにもNさんらしい逝き方ではないかとも思います。Nさんに未練は似合わなかったのでしょう。ビワの花が咲く頃になると私はNさんを思い出します。



ビワの花 香りのただに懐かしく
  枝に寄り添い 目を閉じて嗅ぐ
              

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