花 は仏② №63

平成22年11月17日

花 は 仏 ②


 最近、二三の方から「近頃お参りの方が増えているのではないですか」と尋ねられました。しかし、私には特段その実感はなく「そうでしょうかねぇ」と答えるしかないのですが、本当にお参りの方が増えているならばそんな嬉しいことはありません。何時だったか申し上げましたように観音様のご威徳はお参りされる方の力でより大きくなっていくのです。お参りされる方が多くなればなるほどご威徳も増していくのです。

 ですから、お参りの方が増えているのが事実とすれば、それは有難いの一語に尽きますが、多少でもそれが本当なら私は一つだけその理由として思い当ることがあります。それは花です。本堂と境内のお花です。いまこの寺のお花は二人の方がお世話して下さっていますが、お陰でいつも心和むお花が活けられていることは皆さまご存知と思います。

 私が「花のお陰ではないか」と思うのは、お参りに来てお花に目を留めて下さる方々が一様に「お花が嬉しい」と言って下さるからです。以前、花は仏、と申し上げましたが、まさにお花自身が仏様なのです。お花を見て嬉しいと言って下さる方はお花に仏を見ておられるのです。野の花も控え目な小さな花もやっぱり“花は仏”なのです。

 そんなことを考えていたら中坊公平さんが興味あることをおっしゃっていることを知りました。例の住宅金融債権管理機構社長として不良債権回収に辣腕をふるったあの中坊さんです。中坊さんは京都の聖護院の境内にある旅館の代表でもあるのですが、その旅館の厳しい経営を打開すべく人気のある旅館を回ってみたのだそうです。そしたら人気のある旅館は「とにかくむやみやたらに花が置いてある。廊下という廊下の壁にずらっと小さな花入れが掛けてあって、その花もみんな小さな草花・・・」ということに気付かれたのだそうです。
 

 これを読んで私はやっぱりそうかと思いました。お花がお客を呼ぶのですね。お寺も同じに違いありません。花が人を呼ぶのですね。


     (あお)じろい枇杷の花が咲いてゐる/ 
     褐色のくたびれ過ぎた垣根に添うて/ 
     幽(かす)かで/遠慮深く・・・      
            ~室生犀星~

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