「公園の手品師」 №293

「公園の手品師」 №293
平成26年11月 7日


「公園の手品師」
 
 ゆく秋。境内のイチョウが色づきました。イチョウ黄葉を目にするこの時期になると、決まって思い出される歌があります。それは「公園の手品師」。そう、フランク永井さんが歌った「銀杏は手品師老いたピエロ」というあの歌です。でも、どうして公園のイチョウを手品師に見立てたのか。私はそれが疑問でした。
 
 「公園の手品師」の作詞は宮川哲夫さんです。この歌、昭和30年に東宝映画「男性№1」で鶴田浩二さんが歌っているそうですから、それからもう60年になります。昭和33年にはフランク永井さんがレコーディングしているそうですが、私が記憶しているのは、フランク永井さんがリメイクして歌った昭和53年のことです。
 
 今回、改めて歌詞を見直して、この歌が戦後まだ十年という時代の歌であることを初めて知りました。鶴田浩二さんが宮川さんの歌を「宮川ニヒリズム」と評し、当時それが的を得た表現と共感を呼んだそうですが、宮川さんの詞は都会的でありながら、戦後の混乱期の哀愁と孤独、空虚感が漂うのが特徴だと言います。
 
 そう言われて歌詞を読むと、確かにそれが実感されます。歌詞3番は「風が冷たい公園の 銀杏は手品師老いたピエロ」に続いて、「何もかも聞いていながら 知らん顔して ララランララランラララン すましているよ 呼んでおくれよ幸せを 銀杏は手品師老いたピエロ」とありますが、この歌詞こそ、戦後まだ貧しく苦しかった時代をよく表わしていると思うのです。
 
 互いに見て見ぬふりをしなければならなかった時代。知らん顔することが思いやりであった切ない時代。宮川さんが公園のイチョウを「手品師、老いたピエロ」に見立てたのは、そんな時代を手品のように変えてほしいという願いではなかったでしょうか。その願いが「呼んでおくれよ幸せを」という詞になったのではないでしょうか。
 
 戦後69年、着るものも食べるものも豊かになったいま、宮川さんが老いたピエロに託した切なさはなくなったでしょうか。私にはそうは思えません。そしてまた、心の豊かさを問われたらどうでしょうか。私たちは今本当の豊かさ、心の豊かさを得ているでしょうか。自問して私はその逆を思わざるを得ません。

 

             一汁一菜、食の豊かさ
             ここにあり









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