母の日に №141

平成24年5月17日

母の日に



 皆さんもきっとそうだと思います。歳をとると母のことが無性に懐かしく思われませんか。私などその最たるもの。母存命中は親孝行らしきこと微塵もしたことなかったためか、今になって後悔と共に母が恋しく思われてなりません。子供の頃の母との日常がまるで夢のように美しく懐かしく思われるのです。

 つい先日、所要があって福井の師匠の寺に参りました。折よく月遅れの花祭りがあってその日説教にお出でだったのが永平寺の単頭(修行僧の指導者)、大場老師でした。お歳は伺いませんでしたが多分私ぐらい七十前後ではないかと思います。丁度その日が母の日とあって老師もご自分のお母さんの話をされたのです。

 お話を伺って感じ入りました。老師のお母さんは体の弱い方だったそうです。ですから老師を身籠った時もお医者さんから母体が危険と中絶を勧められたのだそうです。しかし、そのお母さんが、宿った子を産ませて下さいと泣いて懇願してくれたお蔭で老師が生まれたのだそうです。無理がたたったのかお母さんは老師が二歳の時に亡くなったといいます。

 老師はそのお母さんが恋しいと言います。 二歳の時に亡くなったのですからそのお顔さえも記憶にはないに違いありません。でも今その母が恋しくてならないと言われるのです。そのお気持ちには自分も母への思いと重なって深い感銘を受けました。老師は育ての親も有難いが生みの母は次元を異にして有難いと言われるのです。

 なるほど、と思いました。 老師にとってお母さんは生みの母であると同時に命の恩人なのです。なぜなら、もしお母さんが周囲の勧めに従って中絶をしていれば老師はこの世に生まれることなく水子とならざるを得なかったのですから。 まさに自分の命をかけた母の愛によって老師はこの世に誕生することができたのでした。

 人みな同じです。自分が今ここに生きているのは母のお蔭です。自分を産んでくれたお母さんのお蔭です。難値難遇の人間として生まれさせて頂いたのはお母さんのお蔭です。その有難いご縁に感謝しましょう。

弟と相むかひゐてものを言ふ 互(かたみ)のこゑは父母のこゑ ~斎藤茂吉~  

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