いやしけよごと №240


いやしけよごと 
平成26年1月1日


 清らかな 朝日の中の 一条の 香の煙に 願いを託す

 平成26年、新しい年になりました。厳寒のこの時期になると、堂内に差し込んだ朝日に思わずハッとすることがあります。その清らかな朝日のなかにまっすぐに立ち上る一筋の香煙には祈りを思わずにはいられません。聖なる景色そのものなのです。

 新しい年に皆さまは何を思い何を願っておられるでしょうか。天平宝字三年(759)正月一日、大伴家持は、(あらた)しき年の始めの初春のけふ降る雪のいや()吉事(よごと) と詠みました。この歌が万葉集二十巻、最後の歌です。時に家持四十歳、国守として因幡の国にありました。雪は豊年の瑞兆とされています。家持は元旦に降る雪に願いを込めたのでありましょう。

 しかし、この歌の願いとは裏腹に当時の家持は決して平安ではありませんでした。没落していく一方の大伴氏の首長として様々な困難と苦労を背負い苦しんでいました。だからこそ降る雪に願いを託さざるを得なかったのでしょう。私はこの歌に「賀歌」というより叫びに似た家持の願いを思わざるを得ません。人間の祈り願いを思わざるを得ません。 
 

 暮れにこんなことがありました。あるお方に歳末催事の成功祈願を頂いたのです。私が依頼を頂いた時、すでにその催事は始まっていたのだそうですが、あろうことか、私が祈願依頼を頂いた後の三日間、お客さんが全くお出でにならなかったというのです。聞いてこれには私もびっくりでした。

 しかし、私が敬服したのはその後の話です。その方は催事の思わぬ結果にこう思ったと言われたのです。「これは自分が勝手に願うばかりでご先祖様への感謝を忘れていた戒めに違いない」と。私はこの言葉に共感でした。おっしゃる通り、私たちがしなければならないことは感謝です。まず感謝が根本になければなりません。


 その方がそう思い直した途端、思いもかけぬ大きな契約が出来たと言います。そのお話を聴いて思いました。願いや祈りが叶うのも縁の働きです。不思議な力のお蔭です。その不思議な力には親しい人やご先祖様のお蔭もあるのです。新しいこの一年、どうぞ皆さまもすべてに感謝でお過ごし下さいますよう。

     祈るより 願うよりまず ありがとう
       すべてのものに ただありがとう
                 ~読み人知らず~

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