ムンクの叫び №462

ムンクの叫び
平成29年12月12日

 いきなりお尋ねですが、マタドーレ(闘牛士)はどうしてあの赤い布(ムレータ)をひらひらさせるかご存知ですか。とむろん、赤い色で牛を興奮させるのさ、とおっしゃる方がいると思いますが、実はあの赤い色は観客を興奮させるのが目的。何と牛は白と黒と灰色しか色を識別できないのだそうです。

 でも皆さん、皆さんは赤い色に興奮しますか。赤を「燃えるような」とか「火のような」と表現すれば興奮するような気もしますが私はいまひとつ実感できません。シュタイナー教育のシュタイナーは「落ち着きのない子供には赤い壁の部屋が良い」と言っていますが、それは見る色に対して心は補色、赤で言えば緑をつくるという考えからです。

 先日、私はその意味である体験をしました。静かな山で紅葉を見ていた時のことです。「静かなり静かにあればなおさらに心のうちに聴く叫び声」 あたりが静かであればあるほど心の中では叫び声を上げているような不思議な感覚に捉われたのです。あたかも見る色と心に作られる補色のように、静かさとは真逆のものが心にあるという思いでした。

 そうしたら何と生物学者の福岡伸一さんが同じようなことを言っておられました(ムンクが聞いた「叫び」11/23朝日新聞)。その中で福岡さんは、これまでご自分が関わった何百匹もの実験動物の解剖の瞬間に見たものは、教科書に見られるような整然としたそれとは「全く異なる、生々しい混沌が口を開いて咆哮している」姿だと言われるのです。

 そして、さらにこう言われます。「そこ(解剖された実験動物のお腹)から聞こえるのは世界に充満する声のない声、ムンクが聴いたという、耳を覆いたくなるような自然を貫く果てしのない叫びなのである」と。福岡さんが実験動物の解剖で聞いた声のない声こそムンクが聴いた叫びだという指摘に驚かざるを得ませんでした。

 私はこの福岡さんの指摘に宇宙の深淵を見る思いがします。ムンクが聴いたのは自然を貫く大きな果てしのない叫び、そして福岡さんが聴いたのは生々しい混沌の咆哮。そのどちらもが宇宙の真実なのではないか。精神的な画家と気鋭の生物学者が時を経て奇しくも感じ得た真実のように思えてなりません。
 

  秋はあかるくなりきった 
  この明るさの奥に 
  しずかな響があるようにおもわれる
                ~八木 重吉~

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