人間はゴミだ! №734

 人間はゴミだ!

令和5年6月16日

 先達てのこのたより(人生は掃除)で私たちの日常は毎日が掃除、そして私たちの身体も毎日、食べ物の摂取と排泄という代謝で掃除をしていると申し上げました。まさに「生きる」ことと「ゴミ掃除」は同義語と言えるのではないでしょうか。生きていなければ掃除をするということはないと思います。

 そのたよりを読んだかみさんが、晴(はる)君(中1の孫)が「同じようなこと言ってますよ」と教えてくれました。その晴君、2年前の小5の時「ゴミ。人間は生み出したゴミで遊んでいる。自分自身がゴミと知らずに」と思いついて、その言葉を紙に書いて部屋の壁に貼っているというのです。

 びっくりでした。この晴君、以前「地球温暖化を止めなければ僕たちの将来はない。戦争なんかやってる場合じゃない。」と言って家族をびっくりさせたことがあるのですが、この小5の時の言葉もゴミが地球の大きな問題になっていることを知って思いついたようです。並みの発想ではありません。

 私がハッとさせられたのは「自分自身がゴミと知らずに」という言葉です。私は「人生は掃除」と思いながらも人間自身がゴミとは思っていませんでした。しかし、言われてみれば確かにその通り。人間自身も間違いなくゴミです。地球から見ればゴミ。ない方がよいもの、ではないでしょうか。

 前にも紹介したことがあると思います。涅槃経の最後に「我今滅を得ること悪病を除くが如し、此れは是まさに捨つべき罪悪の物、仮に名づけて身と為す」という言葉があります。お釈迦さまから見れば私たちの身体は「捨てるべき罪悪の物」です。不用なゴミよりさらによくない物なのでありましょう。


 しかし、私たちは生きている限りこの「罪悪の物」を捨てるわけにはいきません。晴君が言うように、まずは私たち自身がゴミであることを認識し、さらにはお釈迦さまがおっしゃる通り、この身は罪悪の物であるという認識を持って生きていくべきなのでありましょう。


もしも人間がいなければ

 世界はもっと輝いていただろうに

      <晴君の言葉>

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