ツリフネソウ №224


ツリフネソウ


 平成25年10月8日

 いつしか小やみになった雨は峠を下る頃にはすっかり上り、森を抜け出た時には明るい日差しが野原一面に溢れていました。私は歩いていました。手甲脚絆にわらじを履き、振り分け荷物に網代笠といういで立ち。忘れもしません。平成14107日。修行のために永平寺に向かうその日のことでした。

 燦々と陽光が降り注ぐ道の辺に赤い花が群がって咲いていました。思わず、私はそこに近寄って見入りました。ツリフネソウでした。その名の通り、おもちゃの船を吊るしたような赤い花が鮮やかに群がって咲く姿には、懐かしく惹きつけられるものがありました。しかし、その時の私にはそれ以上に感傷的な思いがありました。

 見も知らぬ修行の世界。聴くほどに不安に襲われる永平寺。自分は果してその世界でやっていかれるのだろうか。目前に迫った不安と恐怖が去来する胸の中で「自分はまたこの花を見ることが出来るのだろうか」という思いに駆られたのです。何とセンチメンタルな、と一笑に付されそうなことながら、その時の自分はそれほどであったと言わざるを得ません。

 不安と孤独の思い。陽光が降り注ぐ明るい外界とは真逆であった心の記憶は、ツリフネソウの赤い花とともに、私にとっては決して忘れることの出来ない思い出になりました。あれからはや11年。いま私は思いもしなかった下関に世を過ごす身となって改めて月日の速さと過ごした時間、縁の不思議を思わざるを得ません。

 私が永平寺で過ごしたのは一年にも満たない僅かな期間でしたが、その短い期間が自分には三年にも四年にも及ぶ長い期間に思えるのは、それほどに永平寺での生活が、それまで体験することのないものであったからでしょう。同安居の若い人たちに励まされ、助けられながら、その体験を持てたことに私は心から感謝を忘れ得ません。

 以前にも申し上げましたが、私はいま私がこの地で過ごすことができているのは、この観音寺の観音様が、私をここに導いて下さったのだと感じられてなりません。私はそれを本当に有難いことと思います。同時に私に残された時間を精一杯観音様と歩みたいと心から願って止みません。


       
     安らかな記憶にありて藪影のツリフネソウとふるさとの家
                        ~鳥海昭子~

1 件のコメント:

  1. こんにちは 泉福寺の佐藤智道です 近いうちに観音寺様に遊びに行ってよろしいでしょうか お電話いたします 阿東からだと2時間もかからないようです

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