まほうの言葉2 №407

まほうの言葉2
平成28年11月18日

 たより前々号(№405)で「また来年」は「まほうの言葉」というTさんの体験をご紹介しましたが、実は私、これと全く同じことを言う祭りを知っています。それで一層Tさんが言う「まほうの言葉」に共感するものがあったのですが、私が知っているその祭りは何と千年もの間それを言い続けているというのです。

 私がこちらに来るまで暮らしていた神奈川県大磯町に県の無形民俗文化財に指定されている国府祭(こうのまち)という祭りがあります。この祭りは相模国の一の宮争いで毎年55日、祭りを仕切る六所神社の近くにある神揃山(かみそりやま)と呼ぶ岡にナンバー神社五社が集結し、一の宮と二の宮が一の宮の象徴である虎の皮をめぐって席次争いをするのです。

 一の宮二の宮は争いを三度繰り返します。と、そこに三の宮が割って入り「いずれ明年まで」の一言でその年の決着になります。まさに「また来年」ですね。意見は色々でしょうが、千年の間、争いに至ることなくこの一言で収まってきたことを考えると「いずれ明年」は、まさに「まほうの言葉」そのものと言えるでありましょう。

 「まほうの言葉」が夢と希望のものであるとすれば、仏教にも「まほうの言葉」があります。真言(マントラ)とか陀羅尼と呼ばれるものです。皆さまご存じ、般若心経の最後の言葉「ぎゃーていぎゃーていはーらーぎゃーていはらそうぎゃーていぼーじーそわか」も陀羅尼、祈りの言葉です。敢えて訳さず原語のまま唱えて彼岸に行くことを願っているのです。

 仏さまのお名前も真言です。観音さまは「おんあろりきゃそわか」、お地蔵さまは「おんかーかーかびさんまえいそわか」、阿弥陀さまは「おんあみりたていぜいからうん」、お薬師さまは「おんころころせんだりまとうぎそわか」等々。これらはみな聖なる仏さまのお名前を呼ぶことによってその力を頂こうとするのです。

 ご真言の最初の「おん」はオーム、仏さまへの呼びかけ。最後の「そわか」は「幸あれ、祝福あれ」という意味。仏さまを讃えることによってその力を自分が頂けるように祈るのがご真言の真意です。どうぞ皆さまも仏さまのご真言を折に触れてお唱え下さい。何度もお唱え下さい。それが願いを叶えてくれるのです。

       街で逢った 母さんと子供 
       ちらと聞いたは 「明日」
       なぜか私も うれしくなって
       思ってきたは 「明日」
               ~金子みすゞ~


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