長寿の生き方 №506

 長寿の生き方
平成30年9月17日
  今日は敬老の日ですね。当山口県で今年度内に満百歳になる人は532人(男78人女454人)、百歳以上の人は1157人(男135人女1022人)だそうです。因みに下関市は百歳になる方が93人(男9人女84人)、百歳以上の方は281人(男26人女255人)だそうです。百歳以上の方は昨年比県で3名、市で2名減ですが百歳になる人は減ってはいません。

 上の数字を見ても年齢百歳は今後一層当たり前になるに違いありません。しかし、毎年申し上げていることですが長寿が幸せとは言えない時代になって自分自身がどう生きるかが益々大きな課題になって来たと言わざるを得ません。これは誰か他人が考えてくれることではありません。私も自分自身の問題として考えてみたいと思います。

  ①「そのまま」を生きる。生きているということは歳を取るということです。それが不可避の加齢(aging)であり、加齢による身体の変化も避けることは出来ません。むろん治る病は直すべきですし体力の維持に努めることも大切ですが、“アンチエイジング”という無駄な抵抗はせず年齢相応そのままに生きることが大事ではないでしょうか。          
②素食を味わう。素食とは肉類なし、野菜中心の食事を言います。今どき幾ら高齢者でも全く肉なしとはいきませんが野菜を多く摂ることは必要と思います。私も修行道場での食事はまさに素食でしたがそれで体力が落ちるということはありませんでした。宮沢賢治の「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」がそれだと思います。


    ③冥途の土産づくり。人みな70も半ばになれば行く末を思わずにはいられませんね。百歳まで生きる積りの方にはまだ二十年以上ありますが、どちらにしても残された時間をどのように過ごすかは変わりません。その時大切なことは「冥途の土産」づくりではないかと思います。よき体験とその感動こそが冥途の土産になるのではないでしょうか。
 
  「冥途の土産」に相応しい体験はボランティアだと思います。先達て周防大島で行方不明になった男の子を発見したスーパーボランティアさんのようにはいきませんが、小さなボランティアならできると思います。何人かでするのもいいですね。僅かなことでも人の役に立つ行動は心に豊かさを与えてくれるに違いありません。



「ボランティア 今日はどこまで 行ったやら」
                ~ ん? ~

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