覚悟 №451

覚 悟
平成29年10月1日

  萩咲いて 萩の花見て 思うこと いまだ忘れぬ 旅立ちの朝

 ハギの花が咲きました。この花の花言葉は「清楚」そして「思い」。その花言葉の通り、私はハギの花に忘れられない感傷的な思いがあります。もう十五年も前、修行のために永平寺に上がる朝のことでした。

 その日、108日は明け方から雨でした。上山は師匠の寺から永平寺までの10数キロを歩いていくのです。雨は出立の時もまだ降り続いていました。歩き始めた道はやがて峠になります。車もほとんど通らぬその峠を上っていると、道の崖にこぼれるように咲いているハギが見えました。その下には一面赤い花が散り敷いています。

 私は無言のままハギの花を見ました。むろん一人で歩いているのですから話す相手はありません。しかし、その時もし誰かいたとしても私は言葉を発しなかっただろうと思います。それほどに私の心は不安と緊張でいっぱいでした。咲きこぼれる花に驚きはしましたが、それを楽しむ余裕はさらにありませんでした。

 上山する者が持参する大切な荷物の一つ、「袈裟(けさ)行李(ごうり)」の中には袈裟や龍天軸とともに「涅槃(ねはん)(きん)」千円が収められています。涅槃金とは文字通り、自分が死んだときに弔って貰うための費用です。その涅槃金を持って修行に上がるということは、命を落とすことがあるかも知れないという覚悟を迫られる以外の何ものでもありません。

 もちろん実際に修行中に亡くなる人が多いわけではありません。滅多にないと言ってよいと思います。しかし、絶対ないわけではなく、その滅多にない例に自分がならないとは限りません。その覚悟を要求するのが涅槃金でありましょう。私の不安と緊張はまさに求められているその覚悟によるものでありました。

 日常、私たちは死と隣り合わせという不安や緊張は感じていません。しかし、それは自分が意識していないだけのこと。戦乱の続く国にある人たちは今この時さえ死の恐怖に怯えながら過ごしています。重い病気に苦しんでいる方も同様でありましょう。そして実はこの自分も全く同じなのですね。
 
 
 
 
遠くて近きもの 極楽。 船の路。 
  人の仲。
       ~清少納言「枕草子」~
 

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