慣れろ!慣れるな! №160


平成241010

慣れろ!慣れるな!


 慣れろ!慣れるな!、とは矛盾した言いようですが、これはどちらも大切なこと。特に道を学ぶ者にとってはどちらも必要のことと思います。最近、このことを考えていて私たちは慣れることよりも慣れないことの方が難しいと思いました。どちらも努力を要することながら方向が異なるように思えるのです。
 
 養護学校で子どもたちと学んでいる時、学習に必要なことは反復と継続であることを痛感しました。知識でも動作でもそれを獲得するまでは何度も何度も繰り返すことが必要ですし、その反復は一回限りではなく継続することが大切なのです。継続は力なり、という諺がありますがまさにそれです。学習の王道は反復と継続なのです。
 
 これはスポーツでも習い事でも同じですね。 繰り返し続けるから出来なかったこともできるようになり上達することが出来るのです。ですから、慣れるということは物事に習熟し究めるためには不可欠な条件と言えましょう。 野球選手やサッカー選手のファインプレーも反復と継続による慣れによって生まれるのです。
 
 ところが、この慣れには落とし穴があります。おごりと油断です。自分はこんなことまで出来るようになったという自信がおごりになります。 失敗するはずがないという慢心が油断を生みます。いつだったかも申し上げましたが、福島の原発事故はまさにそのおごりと油断がもたらした人災であったのですね。
 
 道を学ぶ人にとって大切なことは慣れた時に慣れないことです。しかし、この慣れないということが難しいのです。 能の世阿弥はその著「風姿花伝」で生涯の芸が確立する二十四、五歳の頃の注意として「いよいよ道を会得した人に事細かに尋ねて一層稽古に励みなさい。自分の一時の花を真の花と思い込む心が真実の花に遠ざかる心(を生んでしまう)」と言っています。
 
 日暮れて道遠し。皆さん、一緒に頑張りましょう。

初心忘るべからず   ~世阿弥「花鏡」~

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