「老い支度」考 №701

 「老い支度」考

令和4年10月17日

 皆さんは「老い支度」という言葉に馴染みがありますか。いえまた何でこんな話かと言いますと、「就活」をもじった「終活」という言葉、今では普通に使われるようになりましたが、私はこの「終活」こそ「老い支度」だと思うのです。「終活」という言葉に皆さんどんなイメージをお持ちかと思いますが、人生百年時代であればあるほど「老い支度」が必要と思うのです。

 そう思ってネットを見ていましたら大沼恵美子さんという方が「おひとり様の老い支度7つのポイント」というのを書いておられました。大沼さんは7つのポイントに先だってまず「自立」と「よりよい人間関係」を挙げておいでですが、それに基づいて大沼さんが提唱される7つのポイントをご紹介いたしましょう。

 その1は「老後資金」。老後の生活費は現役時代の80%(男性は100%)が必要と言います。その2は「健康管理」。これは当然ですね。大沼さんはお金以上に重要と言います。その3は「近所づきあい」。大沼さんは買い物代行やおすそ分けなどして普段から近所同士が助け合う関係をつくっておくことが大切と言います。

 その4は「(つい)の棲家」です。50歳代からは「誰とどこに住むかという視点で人間関係を見つめることも必要」だそうです。その5は「金銭管理」。高齢になればなるほど難しくなるのがお金のこと。認知症の心配もありますね。ご心配の方の対策の一つに「任意後見制度」というのもあるそうです。

 その6は「エンディングノート」、万一に備えて終末医療をどうするか。葬儀のスタイルをどうするか等を明確にしておくことです。最後7番目は「身辺整理」。70過ぎたら物だけでなく人間関係も断捨離しようという提案です。大沼さんは「所詮人はひとり」と言われます。皆さんはどのようにお考えでしょうか。

           <ウクライナ・アフガニスタンの子ども支援御礼>


 ウクライナ・アフガニスタンの子ども支援有難うございました。全部で11716円になりました。915日、寺分と合わせて33582円を日赤山口県支部に送金致しました。ご協力に感謝し御礼申し上げます。


広辞苑には「死に支度」という言葉がありますが

「死に支度」よりは「老い支度」ではないでしょうか。

 「台風一過」考 №700

  「台風一過」考

令和4年10月8日

 下関を直撃した先日19日の台風14号、お見舞い有難うございました。予報では未だ経験したことのない猛烈な台風ということでどんなになるかと心配しましたが幸いなことに予報ほど恐ろしいことはなく過ぎました。これも皆さまが心配して下さったお蔭です。この場を借りて厚く御礼申し上げます。有難うございました。

 余談ながら今回の台風で私は初めての体験がありました。台風の眼に入るという経験です。もちろん強い台風に台風の眼があることは承知していましたが、実際にその眼を体験するということはなかったのです。体験は聞いていた通りでした。眼の中に入った一時間余りは雨も風もなく日さえ照ったのです。不思議な体験でした。

 余談はともかく大変にならずに済んだことは有難いことでありました。台風の翌日20日は朝から爽やかな秋の日になりました。台風が過ぎ去った後はとかく上天気になることが多いらしく、それが「台風一過」という言葉を生んだようです。私はこの台風一過という言葉をずっとこの気象的な意味だと思っていました。

 しかしこの度、爽やかな秋の日差しを浴びながらふと思いました。台風一過という言葉は単に気象的な意味だけでなくほかの意味もあるのではないかと。そう思って辞典を引いてみました。したらありました。「広辞苑」に「台風が過ぎ去った後にはとかく上天気が来るということ」の後に「大きな事件が決着し、晴れ晴れとすること」とありました。

 ついでにとほかの辞典を調べましたら、何と語彙数を誇る小学館の「国語大辞典」には「台風一過」がありませんでした。明鏡国語辞典(大修館書店)と大辞林(三省堂)にはありましたが、意味は気象的な解釈だけでした。語彙の選択とその解釈はもっぱら編纂者の意向一つでしょうが今回は広辞苑にさすがと思わざるを得ませんでした。


 いま台風一過を心から待ち望んでいるのはウクライナでありましょう。人類の敵プーチンによってウクライナはもう7ヵ月もの間、武力侵攻という台風に苦しみ続けています。どうか一刻も早くウクライナの人々に晴れ晴れとした台風一過が訪れますようにと祈らざるを得ません。ウクライナに台風一過を!ウクライナに平和を!


どんな猛烈な台風も

台風であり続けることはできない。

台風一過は必ず来る


 「自分の季節を生きる」 №699

  「自分の季節を生きる」

令和4年10月1日

 このたより前号(長寿を生きる)で長寿者が健康に暮らすための十則をご紹介しました。なるほどと共感された方も多かったと思います。長寿になったら行住坐臥、その年齢にふさわしい行動をすることが大切という教えでした。年を取ればそれまで出来ていたことも出来なくなります。意識と行動を改めるしかありませんね。

 そんなことを考えていた丁度その時、上の「自分の季節を生きる」と題する海原純子(心療内科医)さんの新聞コラムが目に入りました。海原さんは最近「年齢の壁」という言葉をよく聞くようになったのだそうです。年齢の壁は確かにある。けれどもう一つ、自分がつくり出した「壁」があってそれに縛られている人が多いと思うのだそうです。

 海原さんはこう言われます。「自然のリズムには逆らえない。だが自分でつくり出した年齢の壁にとらわれてもう年だからと自分の可能性を捨ててしまうのはもったいない。逆にまだまだ若いといって自然のリズムを否定するのも年齢にこだわり縛られている」「たとえ病気になっても生きている限り残された可能性はある」と。

 海原さんの言葉を聴いて思いました。自然のリズムに逆らうことはできません。私たちの一生を季節にたとえるなら青春時代は文字通り春、壮年時代は夏、そのあとは秋、そして老いの時代は冬。この自然のリズムには逆らえません。アンチエイジングをいくら頑張っても悪あがきに終わるばかりです。

 海原さんはこのことについてこうおっしゃっています。「秋になったら夏と同じことはできないし同じ服装で過ごせない。それと同じように、自分の季節に合わせできることを見つけて過ごすのが心地よい生き方になるのだろう」。ということは、今自分がどの季節を生きているのかを正しく認識して生きることが大切ということですね。


 私がコロナに思ったことは「共存」でした。絶滅させることが不可能なコロナウイルスとは共存するしかありません。このことは海原さんがおっしゃることと同じです。自然のリズムには逆らえない年齢。その年齢と共存するのが無理のない生き方。自然な生き方なのでありましょう。



無理に年寄りにならなくてもいいし、

無理に若いふりをしなくてもいい。

自分の季節を生きたいものだ 

        
 <海原純子>

長寿を生きる №698

 長寿を生きる

令和4年9月25日

 ここ毎年、数千人もが増えている百歳ご長寿。人生百年時代という言葉に何の違和感もなくなりましたね。その言葉通り、私たちは百歳を生きなければならない時代になったのでありましょう。でもその時一番の問題が元気でいられるかどうかです。いくら長寿でも寝たきりでは嬉しくも楽しくもありませんね。

 その時必要なのが歳に応じた心構えだと思っていたら四国八十八ヵ所第一番の霊山寺さんが「人の世は山坂多い旅の道」と題して還暦から茶寿、皇寿になった時にお迎えがきたらこう言って追い返しなさいという面白い言葉を教えて下さいました。それをご紹介しましょう。先ず還暦(60)は「とんでもないよと追い返せ」

 古希(70)は「まだまだ早いと突っ放せ」、喜寿(77)せくな老楽これからよ、傘寿(80)何のまだまだ役に立つ、米寿(88)もう少しお米を食べてから、卒寿(90)齢に卒業(そつぎょ)はないはずよ、白寿(99)百歳のお祝い済むまでは、茶寿(108)まだまだお茶が飲み足らん、皇寿(111)そろそろ譲ろか日本一。なかなか、ですね。

 では、どうしたら上のように元気でいられるか。霊山寺さんがもう一つ、京都大徳寺の尾関宗園さん作という「老人健康長寿十則」というのを下さいました。ご紹介しましょう。曰く「少肉多菜・少塩多酢・少糖多果・少食多咀・少煩多眠・少怒多笑・少言多行・少欲多施・少衣多浴・少車多歩」という十則です。

 上の意味は読んで字の如しながらいくつか私なりに申し上げましょう。まず「少肉」。これは食べ過ぎるなだと思います。その肉も鶏・魚肉の方がよいそうですね。大豆ミートなら「多菜」にもなりますね。「多咀」の「咀」は「咀嚼」です。よく噛むことは胃のためだけでなく脳の働きをよくすると言われています。


 「多施」とは布施です。物でも金でも欲張らず余分があれば施しをしなさいということです。これも大切なことですね。考えると、これらはお釈迦さまが言う「少欲知足」に行きつくように思います。欲少なく足るを知る。怒りを忘れて笑って過ごす。それが結論。そしてそれが長寿を生きる秘訣なのでありましょう。



笑う門には福来る


沖縄はウクライナだ! №697

 沖縄はウクライナだ!

令和4年9月17日

 任期満了に伴う沖縄知事選で米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する現職の玉城デニー知事が339767票を獲得して再選を果たしました。自公が推した佐喜真候補との差、64923票は保守系の下地氏の投票数を加えても及ばない圧勝になりました。沖縄県民の辺野古移設反対の心が如何に強いかということでありましょう。

 今回の玉城知事の再選で沖縄は2014年の翁長雄志知事以来、連続3回普天間飛行場の辺野古移設反対を明らかにしました。しかしこの間、日本政府は辺野古移設しかないと繰りすだけで沖縄県民の願いを無視し続けています。それどころか政府はこれまで3000億円台であった沖縄振興予算を今年度は2684億円に減額という卑劣なことをしているのです。

 民意無視に加えて予算減額までして国に屈服を迫る自公政治は政治と言えるでしょうか。玉城知事は今回の結果について「辺野古への移設は反対だという県民の民意は変わっていないことの証明だ」と言いましたが、岸田首相が「人の話を聞く」というならば今度こそ沖縄の人の話を聞くべきでありましょう。

 翁長知事以来これまで8年に及ぶ辺野古移設闘争を思うと、これは戦争だという思いを拭い切れません。政権という権力者と沖縄県民の戦争の他なりません。その構図はまさに今その只中のロシアとウクライナの戦争そのものと言えるのではないでしょうか。沖縄が置かれている状況はウクライナの状況と瓜二つとしか思えません。

 ロシアはナチからの解放というありもしない理由を言い分にしてウクライナに武力侵攻しました。しかし、真意はウクライナを自国の領土にしたいというだけでありましょう。そこには一片の正義もありません。欲むき出しの覇権主義があるばかりです。その悪魔同然のプーチンのためにウクライナでは兵士ばかりか多くの市民が殺されているのです。


 私はロシアのプーチン同様、日本政府は独りよがりの頑なな態度で沖縄の民意を殺し続けていると思います。日本政府がロシアを非難しウクライナを応援するならば沖縄に対しても民意に沿った政策に変更すべきでありましょう。態度の矛盾を一刻も早く是正すべきです。本当の世界平和を目指すべきではないでしょうか。


がんばれオキナワ!

がんばれウクライナ!



地方回帰のすすめ №696

 地方回帰のすすめ

令和4年9月16日

 ロシアがウクライナに武力侵攻して半年が過ぎました。しかし、いまだ停戦の見通しも立っていません。双方の戦死者は増えるばかり。ウクライナでは兵士ばかりか五千人以上もの民間人が犠牲になっていると言います。なぜプーチンはこの戦争を止めようとしないのか。不毛どころではない非道な殺人戦争をなぜ止めないのか。怒りに堪えません。

 いまやこの戦争は二国間だけの問題ではなくなりました。いまは僅かながら再開されましたがロシアがウクライナの農産物の輸出を妨害したため多くの国が食糧不足に陥っています。アフリカ諸国のうちには深刻な食糧難で子どもたちが餓死するまでなっていると言います。これがジェノサイド(集団殺戮)でなくて何でありましょう。 

 上の食糧問題は日本も例外ではありません。おまけに日本はいま空前の円安で輸入食品は値上がりするばかり。「悪い物価上昇」と言いながら何の手も打たない無策日銀のために庶民は物価上昇に喘ぐばかり。私たちはいま、ロシアによる平和危機と食糧危機、そして円安による物価の上昇という三重苦にあると言えましょう。

 この状況にあって私が望むことは日本が農業力を再び取り戻すことです。そのためには若い人が農業を目指して地方に回帰してくれなくてはなりません。農業で生活が成り立つように国が支援しなければなりません。容易ではなくてもそれをしなければ食糧不足の不安を解消することはできないのです。いましなくてどうするなのです。

 私は上の問題解決のカギの一つに外国人労働者があると思います。いま日本には技能実習生の名目で沢山の若い外国人が来ていますが、その中にはその名目に反して不法な扱いを受けている人たちがいます。技能実習生を低賃金労働者としか見ないブラック企業ではなく日本の農業を学んで日本の農業者になってくれたら一石二鳥ではないでしょうか。


 農業人口が減少し農業そのものが衰退している今国は日本の農業の復活を図るべきです。猶予はありません。異常気象による食糧生産の危機も迫っている今、これからの農業をどうするのかも大きな課題です。人的災害と気象災害による食料供給不安から脱出するためにいま、いますぐに農業復活を図らなければならないのです。


「いつやるか?今でしょ!」

          林 修

温暖化防止のために №695

 温暖化防止のために

令和4年9月9日

 たより前々号(№692)で小6になる孫の晴君が家族を前に「自分たちの将来を考えた時一番心配なのは地球温暖化だからそれを防ぐ法律をつくりたい。戦争なんかやってる場合じゃない」と言ったことを紹介しましたら何人かの方から孫へのお褒めの言葉を頂きました。代わって有難く御礼申し上げます。

 M さんは「お孫さん素晴らしいです。地球温暖化は世界が取り組まなければ地球はなくなってしまいます。本当に戦争なんかやってる場合じゃないです」とメールを下さいました。また神奈川のAさんは「驚きました。何という立派な発言。その通りです。頼もしい。嬉しい。6年生の時の私はボーっとしてました」と伝えて下さいました。

 皆さまからのお褒めの言葉を読みながら改めて思いました。それは、子どもたちは私たち以上に温暖化を切実な問題として捉えているのではないかということ。そしてその子どもたちの危機感は時代を予知してではないかと思ったのです。詩人が時代を先取りするように近未来の恐怖を予見しているのではないかと思ったのです。

 温暖化の恐怖を現実にしないためにはMさんがおっしゃる通り、全世界がこの問題に取り組まなければなりません。では私たち一人ひとりは何をすべきか。SDGs(持続可能な開発目標)17の項目の中の13番目に「気候変動」がありますが、今回はそれに関連して私たちができる行動についてご紹介したいと思います。

 先ず家の中でできる活動は1、資源ごみをリサイクルできるよう正しく分別する2、食材を買い過ぎず作り過ぎない3、電気や水の消費量を減らす、です。端的にいえば食糧やエネルギーを節約して無駄をつくらないということですね。これらは皆さまも思い当たるのではないでしょうか。温暖化防止の第一歩は身近なところからです。


 次に家の外でできる活動です。1、エコバッグ、マイボトルを持ち歩く、2、買い物は地元の商店と地元産を優先する、3、プラスチック原料ではなく自然由来の商品を買う4、国際フェアトレード認証の商品を購入する5、寄付する、です。皆さん如何ですか。どうぞできることからお始め下さい。それがあなた自身を救うことになるのです。


いま森林火災や人為的破壊で失われている森林面積は

1分間で東京ドーム2,4個分と言います。怖い怖い!


いまこそ九条 №694

 いまこそ九条

令和4年8月15日

       戦争は二度とするなという願い薄れゆくいま守れ九条 

 今年戦後77年、戦争を身を持って体験した人はもうほんの僅かになりました。しかしその体験者が異口同音に言われることは「戦争はつらかった悲しかった。もう2度と戦争はしたくない、。戦争をしてはならない」ということです。

 しかし、その戦争体験者たちの願いを私たちは真に受けとめその願いを継承しているでしょうか。残念ながら私にはそうは思えません。戦争の記憶の風化とともに平和は私たち一人ひとりが守るべきものであるという意識が薄れつつあるように思われてなりません。ウクライナの惨状が毎日伝えられていながらそれを自らの苦しみになしえていないのです。

 私はこのいまこそ「戦争と武力による威嚇と行使を放棄し陸海空軍その他の戦力を保持しない」という憲法9条を守ることを意識すべきだと思います。9条は国権の発動たる戦争と武力による威嚇とその行使を「永久にこれを放棄する」と言っています。なぜ「永久に」か。私はその永久に大きな意味があると思います。

 上のことは以前にも申し上げたことがあると思います。「永久に」という言葉を入れた9条の創案者は時代の流れによって9条が揺らぐことがあることを想定していたに違いありません。だからこそ9条が時代の変化で変えられることがないように「永久に」と言う言葉を入れたのだと思います。この言葉の重さを私たちはしっかり捉えなければなりません。

 いま自民党は改憲、別けて9条に自衛隊を明記することを企んでいます。これこそが「永久に」に反する行為そのものと言うべきでありましょう。自衛隊を明記した9条がどうなってしまうかを知っていて企図するのであればそれはロシアのプーチンと同じです。いつかはプーチンと同じように世界の平和を破壊するに違いありません。


 これも以前申し上げました。9条は日本国民が悲惨な戦争の苦しみと悲しみの末に辿り着いた悟りなのです。悟りは何もないところには生まれません。苦しみ悲しみを体験したからこその悟りなのです。私たちはいまこそ戦争を体験した人たちが辿り着いた戦争はしないという悟りを守り続けていかなければなりません。


「人間は歴史から何も学ばないことを学ぶ」


  ではダメなんだよ。


 「雲水」考 №693

 「雲水」考

 令和4年8月10日

 ものはすべて変化します。すべてのものは変化していきます。例外はありません。我が身を振り返ればそれが納得されるでありましょう。私たちはみな赤ん坊の時がありました。赤ん坊の時を記憶している人は少ないと思いますが私たちは誰一人残らず赤ん坊でありました。しかし茫々ン十年。いまの自分には赤ん坊のかけらさえありません。

 その変化、一刻も留まることのない移り変わっていくことを象徴的に表しているのが「雲水」でありましょう。雲水は雲や水のように諸国を行脚する禅僧を指す言葉になっていますが実は雲や水のように変化しながら人生という旅を続けるという意味では禅僧に限りません。そう思っていて次の法語をつくりました。

      行雲悠々漂蒼穹   雲はゆったり空をゆき

      流水蕩々遊海風   水は流れて海にゆく

      雲水人間回三界   三界めぐる人も同じく

      無常永遠而無窮   永遠無常の旅をゆく

 悠々と空をゆく雲。しかしその雲も常に変化しています。大きくなったり小さくなったりしていてひとときも固定した状態にはありません。水もまた同じです。川となって流れていても早瀬になったり淵になったり一刻として同じ状態ではないのです。私たち人間も全く同じです。雲や水と同じように変化を繰り返しながら旅をしていくのです。

 その変化の旅を修行という言葉に言い換えるならば私たちの毎日は修行です。私たちに一日として同じ日はありません。毎日毎日が変化の日。その毎日毎日の変化の日が私たちの修行の日々なのです。前にも申し上げたことがあるかも知れません。修行は僧侶に専属するものではありません。私たちすべての人の課題なのです。


 私は人が生きること、それが修行だと思っています。生きる毎日は楽しいことばかりではありません。つらいこと悲しいこと悔しいこと腹が立つことがあります。それらに対して喜んだり悲しんだり悔しがったり怒ったりすること、それが修行でなくて何でありましょう。一生は修行。毎日の修行が人生なのです。



世の中は何か常なる飛鳥川

昨日の渕ぞ今日は瀬になる

           古今和歌集


地球温暖化考 №692

 地球温暖化考

令和4年8月8日

    桑の葉の照るに堪へゆく帰省かな    秋櫻子

 上は水原秋櫻子の第一句集「葛飾」に納められている句です。夏の日差しが容赦なく照りつける桑畑の道を久しぶりに帰省する様子が目に浮かびますすね。句集「葛飾」が出版されたのは1930(昭和5)年でした。

 夏の帰省はお盆に合わせることが多かったと思いますのでこの句が詠まれたのも8月でありましょう。このごろはあまり聞かれなくなりましたが、夏の日差しを「かんかん照り」と言いましたね。上の句はまさにこのかんかん照りを詠んでいると思います。句集「葛飾」が出された昭和5年の東京の8月の平均気温は30.6℃だったそうです。

 では昔も今も暑さは変わらないのか。そう思ってこの100年余りの東京の8月の平均気温を調べてみました。そうしましたら18751925年の50年間で平均気温が30℃以下だった年は29年ありましたが、19772021年までの50年間では30℃以下は僅か6年に激減していました。特に最近の4,5年は気温そのものが高くなってきていることが分かりました。

 上の通り、ここ50年の真夏日の増加だけを見ても地球温暖化が確実に進んでいるということでありましょう。気象庁は気温の上昇に伴って熱帯夜や猛暑日が増え、冬日(最低気温が0℃未満の日)が少なくなっている一方、一日の雨量が100ミリ以上という大雨の日数が増える傾向にあると言います。間違いなく地球温暖化のためでありましょう。

 今年の梅雨明けは全国的に早い梅雨明けになりました。ということは雨がいつも通りに降らなかったということであり、このために全国各地のダムで貯水量が減り取水制限をしなければならない所がありました。地球温暖化は世界が取り組まなければならない問題です。しかし、世界もこの日本もどれだけこの問題に必死になっているでしょうか。


 またまた爺ばかになって恐縮ですが、先日小6になる孫(晴くん)が家族を前に「環境問題は自分たちの将来を考えると最も重要なことだから真剣に取り組みたい。戦争なんかやってる場合じゃない」と言ったそうです。私はその若い人若い力に期待して止みません。それなくして地球の未来はないのです。



グレタ・トゥーンベリさんに続け!